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2007年07月04日

チロタの命日

今日は7月4日です。
一般的にはアメリカの独立記念日として知られていますが、私にとっては忘れられない日です。

3年前の今日、愛猫のチロタが亡くなりました。15歳でした。
チロタとの生活が私の人生の丁度半分になった年のことでした。
チロタは猫エイズを患っていました。

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チロタは私が中学生の頃拾ってきた猫です。
栃木県民の日の6月15日、学校では県民の日のイベントとして全校で自治会のゴミ拾いをしていました。各自分担地区を掃除し、最後に集合したら、ダンボールを抱えて持ってきた子がいました。
中を見ると、茶トラ、三毛トラ、真っ白の3匹の仔猫が入ってしました。

その後ゴミ拾いは解散となり、結局その猫のうちの茶トラは誰かが持ち帰り、2匹残ったダンボールはそのまま置き去りにされました。
仕方がないので私が持ち帰り、友達と一緒に近所に「猫いりませんか?」と聞いて回りました。そしてそのうちの三毛トラが近所の方がもらってくれました。そして真っ白だけ残ってしまったのです。
私はそのまま、その真っ白の仔猫を家に連れて帰りました。

うちの家族は全員動物が大好きです。
しょっちゅう野良猫が住み着く家でしたが、猫は飼っていませんでした。
それは私が喘息もちだったせいでもあります。
なので、連れて帰るときはちょっと心配でした。
とりあえずまた明日になったら貰い手を捜そうと思いました。

ところが、なんと、父がすぐに猫トイレを買ってきたのです。
貰い手探しの必要はなくなりました。
こうして真っ白い仔猫は「チロタ」と名前をもらい、うちの猫になりました。

チロタは昼間外、夜家の中という生活を送っていました。
その頃は今ほど「猫は完全室内飼い」という考えは浸透していなかったように思います。
朝外に出し、日中は外に居て、夕方足を洗ってから家に入るのですが、利口だったチロタは、足を洗う前は絶対家に入りませんでした。よその家でも勝手に上がることはなかったそうです。

チロタはとても優しい性格で、その後何度も仔猫を保護しましたが、その度に仔猫の面倒を見てくれていました。

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そんなチロタが13歳のとき具合が悪くなりました。
病院に連れて行ったら「猫エイズであと1週間もたないだろう」と言われました。

当時今の旦那と外出していた私は姉からのメールでそれを知り、その場で大泣きしてしまい、泣きながら「家に帰る」と言うと、彼は「そんな状態じゃ運転できないだろうから」と家まで送ってくれました。

家に帰ってチロタの検査結果の紙を見せてもらいました。
猫エイズは陽性、腎機能の低下も見られました。
猫には腎不全は多い病気です。チロタも腹水の症状がありました。

溜まった水を尿と一緒に出す薬を処方してもらいましたが、その薬は副作用があり、体内のカリウムが奪われるということで、カリウムの含まれるものを与えるように言われました。チロタはもともとカボチャが好きだったので、獣医さんにその旨伝えると、「それで結構です」ということだったので、それからチロタ用にカボチャを常備するようになりました。

あと一週間の命と言われたチロタは、カボチャのおかげか家族みんなの思いが通じたのか、その後快復し、それから2年生きました。

最期の頃はやせ細り、口内炎もひどくなっていました。
ただ、亡くなる前日は、食欲がなかったにもかかわらず、夕食時人間が食べている魚を欲しがりました。

そして7月4日は朝から様子が変でした。
ぐったりして息も荒く、苦しそうでした。
その日も辛い体にもかかわらずトイレは自力で行ってたチロタでしたが夕方あたりからもう自力で立つことは出来なくなりました。
その頃には家族全員覚悟していました。

最期の数時間は本当に苦しそうでした。
母は「なんで最期にこんなに苦しまなきゃいけないの」と辛そうな表情でした。父は「もう楽になっていいんだよ、頑張らなくていいんだよ」とチロタに話しかけていました。
私は泣きながらただ撫でてやることしかできませんでした。
そのうち痙攣しだし、もうお別れだと感じました。


そしてその夜、家族みんなが見守る中、チロタは旅立ちました。


猫エイズは恐らく外にいたときによく喧嘩していたので、そこで感染したのでしょう。
それまで私は猫エイズに関してあまり知識がありませんでした。
今思うと、いつからチロタが猫エイズに感染していたか分かりませんが、チロタと一緒に過ごした仔猫たちに、猫エイズがうつってしまっていたかもしれません・・・。喧嘩はしてませんが・・・。

それに腎不全が猫に多いことも初めて知りました。
父はよく自分のおかずをチロタに与えていました。
私もたまにあげました。
チロタが腎不全になったのは食事のせいもあったかもしれません。

猫エイズについて
腎不全について

愛猫を失って初めて、病気の恐ろしさを知りました。
正しい知識を持っていれば、チロタの病気は防げたかもしれません。
あのチロタの最期の苦しそうな姿は忘れられません・・・。
大切な愛猫にはやはり健康で長生きしてもらいたいですよね。
だから私は猫の完全室内飼いと、質のいいペットフードを与えることを、是非皆さんにおすすめします。

今チロタは実家の庭の、父が作ってくれた墓標の下で静かに眠っています。
私の人生の中でチロタの居ない時間がまた長くなっていきますが、チロタの面影は消えることなく私の中で生き続けています。
チロタには沢山の笑いと幸せをもらいました。
チロタは我が家の猫になって幸せだったかな・・・。

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ニックネーム Chirota at 21:57| Comment(4) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
顔(泣)
Chiritaは絶対猫(足)幸せだったと思います。猫って死んでからもずっとずっと飼い主さんの近くにいるんですって!!(美輪さんが言っていました)
だから、きっといまでもそばでモカと一緒に仲良くごろんごろんしているはずですパンチ

大切なものほど、失ってからの存在が大きすぎてほんと・・・忘れられないですよね。
(にゃーお)って一言でも聞きたいな。あのつぶらな瞳を見られたなら。

・・・なんて思います。もんね。

うちの飼い犬猫たちははたして、幸せなのかな??話ができたら聞けたらな。
まっさきに、「放してよーー」だったりするかもしれませんがね顔(汗)


Posted by くりko at 2007年07月06日 13:56
くりkoさん、コメントありがとー。
チロタ、飼い主の近くにいるのかー。
きっとこの家は知らないだろうから、実家のチロタが好きだった座布団の上ででも丸くなってるのかなぁ。

人生の半分をともに過ごすと、居るのが当たり前で、チロタの居ない生活なんて想像できませんでした。だからチロタが亡くなった時、とても辛くて信じたくなくて頭にずっと血が上ってる感じでした。
特に苦しんだ最期を見届けたので、その光景が頭に焼き付いて、翌日会社で仕事してても歯を食いしばってないと涙が出そうになるので、仕事がはかどらず、いっそ休んでしまった方が良かったのではと思いました。ほんとこのままペットロス症候群になってしまうんじゃないかと思っちゃった。
みんなチロタが大好きだったから、チロタもそんなみんなの思いを分かってくれてて、幸せだと思っていてくれたと願ってます。
くりkoさんちの犬猫も、くりkoさんが愛情一杯で接してあげてればきっと幸せだと感じてくれていると思いますよ。
Posted by Chirota at 2007年07月07日 01:59
ここまでおもわれていたんだから、きっと幸せな一生だったと思うよ。ご冥福をお祈りします。
Posted by ため at 2007年07月07日 05:17
ためさん、ありがとー。
みんなのあったかい言葉がとても嬉しいです。
今里親募集してる犬猫たちも、幸せな一生が送れるようなおうちが見つかって欲しいです。
私に出来ることはほんの小さなことだけど、これからも頑張ります!
Posted by Chirota at 2007年07月07日 16:08
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